アラビアン・ナイト 第1部 休息のない人々 第2部 孤独な人々 第3部 魅了された人々

ようやく『アラビアン・ナイト』を見た。

といってもジョージ・ミラー監督の新作のことではなくて、JAIHOで再配信中のミゲル・ゴメス監督『アラビアン・ナイト』3部作(2015年)のこと。

正確には

ミゲル・ゴメス監督

アラビアン・ナイト 第1部 休息のない人々』

アラビアン・ナイト 第2部 孤独な人々』

アラビアン・ナイト 第3部 魅了された人々』

全三部で、あわせて6時間21分。ホントは分けて見ようと思っていたのだが、ついつい、続けてみてしまい、休日がアラビアン・ナイトまつり、ミゲル・ゴメスまつりに。

 

それにしても一言では形容しづらい映画だったな、と。

一応この映画の背景には、ギリシアの経済危機をきっかけにユーロ圏から資金調達が出来なくなってのポルトガルの財政危機、それに対し連立右派政権が行った緊縮財政により国民の生活が困窮、反緊縮デモの多発による政治危機といった、2013年から2014年にかけてのポルトガルの情勢があって、確かに映画を見ていても内容にも十二分に反映している。じゃあ、これがドキュメントタッチだったり、リアリズムで押しまくる映画なのかというと全然違っていて、ドキュメンタリーもあれば、明らかにフィクションもあったり、その中でまた違った話が展開されていったり、リアリズムかと思いきや突然動物の言葉は聞き取れる裁判官が出てきたら雄鶏が彼に語り出したり、と摩訶不思議な世界が展開される。しかも、各挿話はペルシャの王に毎夜、妻シェヘラザートが物語を語って聞かせる「千夜一夜物語」である、という体裁なので、呆気にとられてしまう。

勿論、作り手はポルトガルの厳しい状況を真剣に憂いていると思うのだけど、それをこんな風に語ってしまう自由さに惹かれて最後まで見てしまったように思う。

なんといっても、サヨムプー・ムックディープロムによる撮影が素晴らしい。アピチャッポン・ウィーラセタクンの映画のキャメラマンを務めている人で、なるほど彼へのウィンクかと思わせるシーンも出てくるのだが、例えば閉鎖される造船所での最後の船の出航場面で、港に集まる人々(おそらく造船所の作業員だろう)を前に悠々と出港していく船を遠巻きに捉えた画面の素晴らしさ。かと思えば、第2部の最初に出てくる話の、とりたてて凄いアクションシーンがある訳でもないのに、西部劇か活劇かとワクワクさせられるし、その話の終盤には物語とはまるで関係ないボーイスカウトの場面での怖さにはゾッとさせられるし…と、画面だけでも見所がいっぱいだった。

あと、この映画は話や各部を跨がって同じ俳優が違う役で出てきたりして、それだけでもこんがらがってくるのだが、凄いのはフィクションのパートとドキュメンタリーのパートとどちらにも出てきたりするので更にややこしい。私は最初、第2部の最初の話に出てくる「腸なしシモン」の役の人はポルトガルの有名な俳優さんだと思ってたのだが、第3部の鳥の歌声コンテストというドキュメンタリーパートにも出ていて、え?このパートはドキュメンタリーではなかったの?と思って調べたら、この第3部に出てくるのが本職で、つまり第2部での役者ぶりは実は素人なんだそう(この映画が日本初公開された2015年の広島国際映画祭での、上映後の監督のトークでの発言より)。さらに凄いことに、この第3部のドキュメンタリーパートには、それまでのフィクションパートに現われたキャラクターがしれっと登場したり…と。

勿論、映画で描かれるポルトガルの情勢を詳しく知りたいとは私も思うけど(その意味では何かパンフレットとか作ってほしいw)、それ以上に、なに?この自由さは!と、ただただ呆気にとられて楽しんだのでした。